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三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因は?【懐かし】

2018.06.28

CMでおなじみの三木のり平さん。ごはんですよのCM誕生から60周年を迎え、吉永小百合さんのキスの相手?や死因は?など、改めて三木のり平さんが注目されているようです。今回はごはんですよのCMについてや、吉永小百合さんとの関係、死因などについてまとめてみました。

  1. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】プロフィール
  2. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】経歴
  3. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】桃屋のCM
  4. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】吉永小百合はキスの相手?
  5. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】妻・息子は?
  6. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】死因は?
  7. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】出演作品「社長シリーズ」
  8. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】出演作品「金田一耕助シリーズ」
  9. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】出演作品「平成狸合戦ぽんぽこ」
  10. 【三木のり平(ごはんですよ)は吉永小百合のキス相手?死因・妻息子・CMイラスト・大村崑・映画】まとめ
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三木のり平(みき のりへい)さんは、1924年4月11日生まれ、東京都出身の俳優、コメディアン、演出家です。本名は田沼則子(たぬま ただし)。第二次世界大戦の際、徴兵検査の知らせが届かず区役所に問い合わせたところ、戸籍係が「のりこ」と思い、戸籍が女になっていたそうです。そのため、入隊予定日が終戦から3日後の1945年8月18日になり、入隊せず終戦を迎えられました。
三木のり平さんは日本大学専門部芸術学科卒業後、青山杉作研究所、俳優座を経て、三木鶏郎(みき とりろう)グループに入り、コメディアンを目指すようになりました。NHKラジオの「日曜娯楽版」に出演しながら、日本劇場の舞台に立っていました。1950年には喜劇「無敵競輪王」で映画デビュー。
1954年には森繁久彌(もりしげ ひさや)さん、三木鮎郎(みきあゆろう)さんとともに虻鉢座を結成し、1957年には有島一郎(ありしま いちろう)さんとのコンビによる「東宝ミュージカル」で活躍。俳優だけでなく、森光子(もり みつこ)さん主演の舞台「放浪記」などで演出家としても活躍。
三木のり平さんといえば、桃屋のごはんですよのCMが有名です。CMに登場するイラストのモデルおよび声優を務めた桃屋のアニメーションCMは、1958年から1998年まで40年間放送されました。CMで使われたキャラクターは三木のり平さんがご自分の似顔絵を描かれたものだそうです。放送が終わった今も、ごはんですよといえば、三木のり平さんのイラストを思い出す人が多いですよね。
ごはんですよのキャラクターといえば、めがねがトレードマーク。そのため、大村崑(おおむら こん)さんと間違える人が多いそうです。元々、三木のり平さんのトレードマークが黒ブチの大きなめがねでした。三木のり平さんは芸風の似た喜劇役者である大村崑さんをかわいがっており、メガネの芸を譲ってしまいました。アニメCMの中ではメガネがトレードマークでしたが、三木のり平さんご自身はCM開始から約1年でメガネをかけなくなったそうです。
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1061年公開の映画「天使が僕を追い駈ける」の撮影で、吉永小百合(よしなが さゆり)さんとキスシーンを演じられたそうです。三木のり平さんは当時36歳、吉永小百合さんは当時15歳。それが吉永小百合さんのファーストキスだったそうです。プライベートでキスをしていなかったのに、仕事でキスシーンを演じてしまい、当時はショックで大泣きしてしまったと吉永小百合さんが告白されています。
三木のり平さんの奥様については、情報がないようです。一般女性と結婚されたのかもしれません。コメディアンや漫画家として活躍されている小林のりー(こばやし のりー)さんは、三木のり平さんの長男です。1999年に三木のり平さんがお亡くなりになった後、桃屋側からアニメCMの吹き替えを引き継いでほしいと打診があり、1999年「大根の運命篇」より声を担当されています。
三木のり平さんは、1999年1月25日に肝腫瘍のため亡くなられました。享年76歳です。1999年1月31日に東京都文京区の護国寺桂昌殿で葬儀が営まれました。葬儀委員長は親友の森繁久弥さん、喪主は長男の小林のりーさんが務められました。
引用: https://i.pinimg.com/564x/17/83/4f/17834fa67710bb29d287caffc8b022af.jpg
「社長シリーズ」は、1956年から1970年まで東宝が製作した喜劇映画シリーズ。主演は森繁久弥さん。同時期に撮影された森繁久弥さん、伴淳三郎(ばん じゅんざぶろう)さん、フランキー堺さんが主演の「駅前シリーズ」とともに東宝を支えた作品です。
三木のり平さんは地方・海外出張と宴会好きの営業部長を演じられました。「パーッといきましょう、パーッと。」「パッ、パッといきましょう」が口癖。宴会シーンで披露する珍芸はシリーズの名物でもありました。1967年に公開された「社長千一夜」を期にシリーズから降板。
高度成長期の企業を舞台に、浮気者の森繁社長に謹直実直の秘書(小林桂樹)や慎重な総務部長(加東大介)、宴会好きの営業部長(三木のり平)らを配しててんやわんやの仕事ぶりを描くのが基本パターン。森繁社長がバーのマダムや芸者と浮気をしようと試みる様(浮気は必ず寸前で失敗する)と、森繁、のり平らによる宴会芸が繰り広げられるのが毎度のお約束事であった。変な日本語を話す日系人や中国人(フランキー堺)も定番キャラクターとして活躍した。

俳優・石坂浩二(いしざか こうじ)さんが演じる映画版の金田一耕助シリーズ。 三木のり平さんは、1976年に映画「犬神家の一族」で柏屋の亭主を、1977年に映画「悪魔の手毬唄」で野呂十兵衛役、1977年に映画「獄門島」で床屋の清十郎役、1978年「女王蜂」で嵐三朝役、1979年に映画「病院坂の首縊りの家」で野呂十次役を演じられました。
『犬神家の一族』が制作される以前にも何作か横溝正史の小説は映像化されたが、石坂浩二版は和服に袴、お釜帽にボサボサ頭という、原作の記述を忠実に再現した最初の金田一耕助役者(演技者としては7人目)となった。

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「平成狸合戦ぽんぽこ」は、1994年に公開されたスタジオジブリ制作のアニメーション映画。原作・監督・脚本は高畑勲(たかはた いさお)さん。三木のり平さんは、鈴ヶ森の長老である青左衛門役を演じました。過激派たぬきたちのリーダー格、権太とライバル関係であったが、森の危機から共に手を取り合うという役どころ。
引用: https://i.pinimg.com/564x/57/8e/6a/578e6a55198d1b71d75cfe87db99b95d.jpg
昭和40年代、多くの狸たちが楽しく暮らしていた多摩丘陵に、多摩ニュータウン建設による破壊が迫っていた。ある日、多摩の狸たちは結集し、総会を開いて開発阻止を決議する。伝統的変化術である化学(ばけがく)の復興と、四国と佐渡の化け狸に助力を乞うことが決定される。

三木のり平さんについてお伝えしてきましたが、いかがでしたか?三木のり平さんをよく知らない人も、ごはんですよのCMといえばすぐ分かる程、有名な喜劇役者でした。「社長シリーズ」や「駅前シリーズ」など、数々の作品に出演されてきた三木のり平さん。現代映画では味わえない、三木のり平さんが出演されている昔の映画をぜひチェックしてみてくださいね!
サムネイル画像は下記より引用しました。
出典: https://i.pinimg.com/564x/30/f8/11/30f81112118e9386125d633bb87bf18e.jpg