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エイズにかかった芸能人・有名人15選【応援しよう】

エイズについてどの程度知っていますか、徐々に正しい知識も広まっていき、治療法も確立されてきたエイズ。その裏には、エイズにかかった多くの芸能人・有名人の苦労や葛藤がありました。そんなエイズにかかった芸能人・有名人の生き方についてまとめてみました。

エイズについて

エイズに関するあれこれ

エイズという言葉、みなさん聞いたことありますよね。学校でも習いますし、現代では、多くの情報に触れることができるため、エイズに関する知識や情報も得やすいと思います。 しかし、自分とは関係ないと思ってしまうと、関心を持たず、詳しいことは忘れてしまいがちになるのも事実です。 そして、情報量が膨大なあまりに、その中には間違った情報も含まれています。エイズについて間違った知識を持っている人は、年々減ってきているとは思いますが、それでもまだ多く、その間違った知識が現在でも広がっていることもあります。

エイズとは?

まず、エイズについて簡単に説明すると、エイズとは、HIVウイスルに感染することによって、徐々に体内の免疫力がおちていき、それによる病気の発症を指します。 一時は誤った情報が飛び交い、空気感染をするのではないかとも恐れられていました。また、感染源としてドラッグの使用時や、多くの性行為があると考えられたことによる偏見もあり、エイズにかかった人にとっては苦しい時代もありました。今でも偏見は残っていると思います。 実際には、HIVウイルスは粘膜や体液から直接感染するもので、空気感染などによって簡単に感染するものではありません。 また、HIV感染者かわからない複数の相手と性的関係をもつと、そのぶん感染リスクが高いことは事実ですが、性的関係をもった一人の相手が、HIVに感染していながら自覚がない場合も感染する可能性はあります。

エイズで死亡した芸能人の思いをまとめました

今回は、改めて、エイズに関する知識をお伝えするとともに、エイズにかかっていた芸能人や有名人の思いから、エイズに関する偏見や誤解を少しでも解ければと思います。

エイズにかかった芸能人・有名人

今でこそエイズにかかっても命を落とすことは少なくなりましたが、昔はそうではありませんでした。多くの有名人や各分野のスターが亡くなっています。

1:ロック・ハドソン

1925年11月17日-1985年10月2日
アメリカの俳優、ロック・ハドソンは、世界的な有名人のなかで、初めて自分がエイズ患者であることを公表した人でした。
1985年に、ロック・ハドソンはエイズの発症とともに、自身が同性愛者であることを世間に公表しました。
当時は、エイズは同性愛者がかかるものだとの認識がまだ強く、同性愛者であることを公表するまえにエイズ感染を伝えていたロック・ハドソンの存在は、「同性愛者以外もエイズに感染する」という意識を広めました。
そういった間違った知識がまだ根付いていた時代、それまでエイズ感染を公表する有名人がいなかったなかで、彼の存在は大きいものだったと思います。エイズそのものへの認識も広めたと言えるでしょう。

2:ジア・キャランジ

1960年1月29日-1986年11月18日
ジア・キャランジは、スーパーモデルの先駆けと言われているモデルです。
この時代もまだ、エイズによる志望を公表する有名人はほとんどいませんでした。
エイズが世界的に広まっているということや、エイズが死につながる恐ろしい病気であるとの認識が薄かった時代に、病名の公表は勇気が必要なことですよね。
また、エイズで命を落とした有名人のなかでも26歳と若く、HIVウイルスの恐ろしさも広まったのではないでしょうか。
仕事への疲れから、麻薬中毒となり、注射針の使い回しでHIVウイスルに感染してしまった彼女の生涯は、映画「ジーア/悲劇のスーパーモデル」で描かれています。

3:リベラーチェ

1919年5月16日-1987年2月4日
アメリカのピアニスト、リベラーチェも、エイズにかかっていました。
幼少期からピアノの腕を評価され、派手なステージの演出や、バラエティ番組に出演したキャラクターから「世界が恋したピアニスト」と言われていました。
1985年からエイズの治療をしながら、亡くなる3ヶ月前までステージに立ち続けていました。それほどまでに、ピアニスト、パフォーマーとしての誇りを持っていたんですね。
病気と闘いながら死の直前までステージでパフォーマンスを行う強さは、リベラーチェが死後も多くの人から愛される理由の一つかもしれません。

4:キース・ヘリング

1958年5月4日-1990年2月16日
キース・ヘリングはアメリカの芸術家で、ストリートアートを広めた人物とも言われています。
現在でも彼のアート作品が多く広まっているため、目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。ファッションブランド「ユニクロ」のTシャツデザインに使われたこともあります。
また、キース・ヘリングは、エイズの撲滅活動を積極的に行い、「世界エイズデー」に行われる運動のポスターを初めて描いた人物でもあります。
まだ偏見が強い時代でした。エイズという存在の認識が広まってきていたからこそ、偏見が大きくなっていた部分もあるでしょう。
そんな中で、自身もエイズに苦しめられているなか、表現者として活動に取り組み続ける姿勢は、他のエイズ感染者への勇気につながったことでしょう。

5:フレディ・マーキュリー

1946年9月5日-1991年11月24日
フレディ・マーキュリーは、イギリスの伝説的ロックバンド「クイーン」のボーカリストです。
その歌唱力とパフォーマンスは世界的に人気を集め、現在も名前がとどろき続けています。
フレディ・マーキュリーは何年かの間、エイズであることを隠しており、そのことは多くの人の批判を集めました。フレディ・マーキュリーほどの人物が、自身の経験に基づいてエイズ知識を広めれば、世間の認識も変わると思われたからです。
マスコミは、フレディの様子からエイズに感染しているのではないかということを報道し続けましたが、フレディは否定していました。
しかし、自身のデリケートな問題に関して、積極的に掘り起こそうとしている人が大勢いる状態では、エイズに感染していることへの公表をする勇気がでなくても当然だと思います。
フレディ・マーキュリーは、遺言で、クイーンの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」の印税をエイズ基金に充ててほしいと伝えています。こうした行動を考えるとフレディ・マーキュリーが他のエイズ感染患者のことや、エイズに関する世界の状況を考えていたことは明白ですよね。

6:トニー・リチャードソン

1928年6月5日-1991年11月14日
トニー・リチャードソンは、映画監督として、「トム・ジョーンズの華麗な冒険」でアカデミー監督賞を受賞している人物です。
トニー・リチャードソンは、自身でエイズについて語っていることはないものの、トニーの死後に発売された自伝は、エイズ感染が発覚した時期から書かれ始めたと言われています。
自身の死を考えて、なにか残そうと考えていたのかもしれません。こうしたつくり手の寿命を縮めるエイズの存在が本当に恐ろしく思えますね。

7:マジック・ジョンソン

1959年8月14日生まれ
マジック・ジョンソンは、プロバスケットボール選手として、NBAの人気に火をつけた一人で、人気面でも技術面でも評価が高い人物です。
1991年にエイズ感染が発覚し、そのまま引退、同時に記者会見が行われました。エイズへの認識が年々あがってきていたとはいえ、人気プロスポーツ選手の突然の引退とエイズ感染の公表は、世界に衝撃を与えました。
マジック・ジョンソンは、自分がエイズに感染し、そして生きていることは、他の誰かを助けられるという意味があると発言しています。
記者会見という大きな報告の場があったこともあり、エイズに関する世間の関心は動いたと思います。
それから現在まで、積極的にエイズの啓蒙活動を行っています。
エイズ感染者の死亡率は下がってきているとはいえ、マジック・ジョンソンが感染した時期には、まだ亡くなる人が大勢いました。そんななかで自分の役割として、人を助けることに全力を尽くす姿勢はかっこいいですね。

8:アンソニー・パーキンス

1932年4月4日-1992年9月12日
アンソニー・パーキンスは、アメリカの俳優で、多くの映画に出演している人物です。「サイコシリーズ」の主演をつとめたことが有名ですね。
人気作品に数多く出演し、俳優として活躍していたさなか、1992年にエイズによる合併症で命を落としました。
映画監督の中では次回作の起用も決まっており、彼の死が突然のもので、また、いかに素晴らしい俳優だったのかがうかがえますね。エイズの致死率の高さが奪うものの尊さを改めて認識させます。

9:アイザック・アシモフ

1920年1月2日-1992年4月6日
アイザック・アシモフは、作家であり、生化学者として活動していた人物です。
アイザック・アシモフは1992年にエイズによって死亡したのですが、エイズに感染していたことが世間に発表されたのはその10年後でした。
感染源は、手術時に受けた輸血に使われた血に含まれたHIVウイルスでした。当時は感染源の心当たりとしても思いつきにくかったのではないでしょうか。

10:アーサー・アッシュ

1943年7月10日-1993年2月6日
黒人の男子テニスプレイヤーとして、はじめてグランドスラムで優勝しました。まだ黒人のテニス選手が少なかった時期で活躍した人物です。
アーサー・アッシュは、1988年にエイズに感染が発覚してから、エイズ撲滅のために活動していました。1992年にはアーサー・アッシュ・エイズ撲滅財団が作られています。
自分に合わなくとも、誰かに合う治療法が見つかることを望んでいたアーサー・アッシュ。黒人差別とも、エイズとも闘い続けた人です。
そういった活動だけでなく、普段の紳士的な振る舞いも評価されていた人で、テニス会場にはアーサー・アッシュの名前を冠したセンターコートが作られたほどでした。

11:ルドルフ・ヌレエフ

1938年3月17日-1993年1月6日
ルドルフ・ヌレエフは、世界的バレエダンサーであり、パリオペラ座芸術監督もつとめていた人物です。
エイズ感染発覚後も、周囲への公表はせず、体が蝕まれる中で必死に舞台に立ち続けたダンサーです。バレエの技術や表現力だけでなく、バレエに対する執着や愛を感じさせる人物でした。
そういった彼の舞台への情熱は、今でもファンの心を熱くし続けています。

12:デレク・ジャーマン

1942年1月31日-1994年2月19日
デレク・ジャーマンは、映画監督として有名な人物です。
1986年にエイズ感染が発覚し、1994年に亡くなりました。1993年には、エイズをテーマとした映画作品「BLUEブルー」を手がけています。この時期には、盲目となっていたそうです。
自らエイズに苦しまされている中、自分にしかできない方法で、エイズで亡くなった友人への鎮魂の思いを込めた作品を作り上げました。

13:古橋悌二

1960年7月13日-1995年10月29日
芸術家として、アーティストグループに所属し活動していましたが、エイズに感染し、1995年に亡くなりました。
1992年にHIVウイルスへの感染を公表しています。日本人で公表している人は少ないのですが、公表する人の声一つ一つが、大勢の人の理解につながると思います。

14:フェラ・クティ

1938年10月15日-1997年8月2日
フェラ・クティは、黒人解放運動家であり、世界的に有名なアフロビートのミュージシャンです。
黒人差別を体感しながら生きてきた彼は音楽活動をしながら、黒人解放を訴え、公権力と闘いました。
1997年に、エイズによって亡くなっていますが、現在でも多くの人から愛されており、音楽的にも政治的にも影響力のある人です。
黒人差別と闘うのにも大きな苦労があったと思いますが、そこからさらにエイズによる苦労もあったのは想像を絶する大変さだったと思います。

15:マイケル・ジェッター

1952年8月26日-2003年3月30日
マイケル・ジェッターは、アメリカの俳優で、「セサミストリート」や「天使にラブ・ソングを2」などの作品に出演しています。
エイズに感染していたため、死因はエイズによる併発症という噂もありますが、HIVウイスルによる不調は改善されてきており、死因はてんかん性発作と言われています。
亡くなったのは2003年の比較的最近で、エイズへの治療法が確立されて数年後ということもあるため、エイズが原因の可能性は低そうです。

エイズは完治するのか?

エイズに対する治療法が確立されていなかった時代は、エイズにかかって亡くなる人が多くいました。免疫力の低下というのは、それほど恐ろしいものだったのです。 1990年代後半になると、医学の進歩もあり、免疫低下を抑えることができるようになりました。HIVに感染した段階で治療を受ければエイズにかかることもありませんし、エイズが発症してから感染に気づいた場合でも、死につながることはほとんどなくなりました。 治療法が確立されてからもしばらくは、延命治療のような捉え方でした。現在は、HIVウイルスを認識できないところまで抑えることができ、その状態になれば、性交渉があっても感染せず、出産も可能となったのです。

現在のエイズへの見解

芸能人を含め多くの人がエイズについて声を上げ始め、徐々に偏見はなくなっていきました。現在多くの人が得られている知識は、そういった人々の活動や努力のおかげです。
一方で、未だに間違った知識を持った人による偏見も多いです。
治療法が確立されたこととエイズの認識が広まったことによる早期発見で、現在はエイズで命を落とす人は格段に減りました。
しかし、偏見の目による精神的な苦痛は残っています。現在も、多くの著名人がエイズの啓蒙活動を行い、関心がない人にもエイズの正しい知識を知ってもらえるように動いています。

まとめ

今回は、エイズにかかった人物の中でも、著名人をまとめたので、みなさんが知っている人も多かったと思います。
こうしてみると、芸術家やスポーツ選手など、世界的な宝とも言われる人物がエイズによって命を落としているんですね。時代を変え、今後も変えていったであろう人の命が奪われたことは大きいです、
また、エイズを公表している人物の多くは、まだエイズの認知度が低い時代に生きていた人だったり、死因としてエイズ感染が知られた人でした。
そのため、公表している人の多くは、すでに亡くなっていました。
当時は、病気との闘いや命を落とすことへの恐怖もそうですが、周囲の偏見が強く、苦しかったと思います。
そんな中生きていた人たちのメッセージは今にも伝わっています。
現在でも、偏見が亡くなったわけではありません。偏見の目を向ける前に、エイズにかかっていた人の想いを少しでも読み取って貰えれば、今後の状況はさらに改善すると思います。
そして、いつかエイズ感染者をなくせるように、多くの人が自分のできる範囲で、考え、行動できるといいですね。