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赤木春恵の死因は?葬儀・告別式情報から泉ピン子との不仲説まで!

2019.02.11

「渡る世間は鬼ばかり」など多くの作品に出演した女優・赤木春恵が死去!死因は何だったのでしょうか?また、渡鬼で嫁姑を演じた泉ピン子は不仲だった?今回は赤木春恵の死因、泉ピン子との不仲説の真相、葬儀・告別式などについて調べてみました。

  1. 【赤木春恵の死因は?】プロフィール
  2. 【赤木春恵の死因は?】経歴
  3. 【赤木春恵の死因は?】出演作
  4. 【赤木春恵の死因は?】泉ピン子と不仲だった?
  5. 【赤木春恵の死因は?】泉ピン子のプロフィール
  6. 【赤木春恵の死因】乳がん
  7. 【赤木春恵の死因は?】転倒で大腿骨骨折
  8. 【赤木春恵の死因は?】死去
  9. 【赤木春恵の死因は?】心不全
  10. 【赤木春恵の死因は?】葬儀・告別式
  11. 【赤木春恵の死因は?】まとめ
【名前】赤木 春恵(あかぎ はるえ) 【本名】小田 章子(おだ あやこ) 【生年月日】1924年3月14日 【出生地】中華民国 【身長】152cm 【血液型】B型

赤木春恵の主な出演作

【テレビドラマ】 「藍より青く」「3年B組金八先生」「おんな太閤記」「いのち」 「渡る世間は鬼ばかり」「利家とまつ~加賀百万石物語~」
赤木春恵は中華民国で誕生しました。 父親は南満州鉄道の産婦人科医でしたが、赤木春恵が3歳のときに死去しています。 1933年、帰国し京都に住むように。 1940年に松竹に入社し、同年映画「二本松少年隊」で女優デビューしました。
1947年、東映の映画プロデューサー・栄井賢と結婚。 その後、一女をもうけました。 しかし、1991年に夫は肺がんで死去しました。 1990年より「渡る世間は鬼ばかり」がスタート。 泉ピン子演じる五月の姑・キミを演じた赤木春恵。 嫁をイビる役で話題を呼び、赤木春恵の当たり役となりました。
赤木春恵は「渡る世間は鬼ばかり」シリーズをはじめ、数多くのドラマに出演してきました。 NHKの大河ドラマや連続テレビ小説にも多数出演しています。 赤木春恵が出演したドラマをご紹介します!

朝ドラ「藍より青く」

「藍より青く」は1972年に放送された連続テレビ小説です。 ヒロインを真木洋子が演じ、赤木春恵はヒロインの義母を演じました。 当初、この役は京塚昌子が演じる予定でした。 しかし、スケジュールが合わなかったため、赤木春恵が演じることになりました。
太平洋戦争末期から敗戦後にかけての、熊本県天草を舞台にしている。 ヒロインの真紀は、厳格な校長である父に反対されながらも網元の息子周一と結婚するが、長男が生まれる前に夫は出征、そのまま帰らぬ人となる。周囲に支えられながら、真紀は戦争未亡人同士で商売を始め何事にも負けず強く明るく、中華料理店を経営するまでを描いた。

「藍より青く」の平均視聴率は47.3%、最高視聴率は53.3%を記録しています。 NHKのアーカイブには第1話しか残っていないそうです。

大河ドラマ「おんな太閤記」

「おんな太閤記」は1981年に放送された大河ドラマです。 脚本は橋田壽賀子、主演は佐久間良子が務めました。 赤木春恵は豊臣秀吉の母・なかを演じました。
夫・秀吉を内外で支え、足軽から太閤にまで導いた妻・ねね。桶狭間の戦いのさ中に出会ったふたりは、秀吉の大出世に伴い、ねねも「お方さま」として采配を振るうように。猛進する秀吉を時に戒めてきたねねは、秀吉の死後、北政所としてある決断を迫られる。

大河ドラマ「いのち」

大河ドラマ「いのち」は1986年に放送されました。 原作は橋田壽賀子、主演は三田佳子が務めました。
私の母はね、無医村で医者にも診てもらえずに、 苦しみながら死んだの。 だから私、医者になったの。 津軽に骨をうずめるつもりなの。 津軽を離れることはできないの。 いま、私たちが失ってきたものを、見つめ直すときがきているような気がする…… 終戦から戦後40年の日本の歩みを、女であり、妻であり、母である一人の女医・高原未希の目を通して生き生きと描く、橋田壽賀子のオリジナル脚本による大河ドラマ。

赤木春恵と泉ピン子といえば、長年「渡る世間は鬼ばかり」シリーズで共演していますね! そんな2人が実は不仲だったといわれています。 赤木春恵と泉ピン子の不仲説の真相は?
赤木春恵と泉ピン子は「渡る世間は鬼ばかり」で嫁姑を演じていました。 嫁姑ということもあり、ドラマ内での関係はよくありませんでした。 こうしたことがきっかけで「不仲説」が上がったようです。
しかし、2人は実際には不仲ではなかったようです。 私生活でも交流があったという赤木春恵と泉ピン子。 赤木春恵が舞台に出演する際、自宅より近い泉ピン子の自宅から通っていたそうです。 舞台出演の2か月間、赤木春恵は泉ピン子の自宅で寝泊まりをしていたのだとか。
【本名】武本 小夜(たけもと さよ) 【生年月日】1947年9月11日 【出身地】東京都 【身長】154cm 【血液型】B月

泉ピン子の主な出演作

【テレビドラマ】 「おしん」「渡る世間は鬼ばかり」「おんなは度胸」「女子刑務所東三号棟」 「マッサン」「ドクターX~外科医・大門未知子~」
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赤木春恵は2007年に乳がんが見つかりました。 同年、左乳房を全摘出。 完治後に「渡る世間は鬼ばかり」に復帰しました。
2013年ごろからは車椅子生活だった赤木春恵。 しかし、ナレーションや朗読劇などの仕事は問題なくこなしていました。 また、本人も女優復帰を目指していたようです。
しかし、2015年9月に自宅で転倒し左足大腿部を骨折。 すぐに入院し、翌月よりリハビリに専念するようになりました。 12月には一時帰宅できるまでに状態が回復したそうです。
赤木春恵は2018年11月29日に94歳で死去しました。 都内の病院で死去したそうです。 晩年は転倒による骨折のほか、パーキンソン病も患っていました。 要介護度4で、夫の死後は娘一家と同居していたそうです。
パーキンソン病や転倒によって車椅子生活だった赤木春恵。 死因は心不全でした。
通夜は12月3日に行われ、えなりかずき、大和田獏、沢田雅美、藤田朋子、武田鉄矢、名取裕子、杉田かおるなどが訪れました。 また、翌日の葬儀・告別式は杉並区の築地本願寺で行われました。 葬儀・告別式には中村玉緒、佐久間良子、長山藍子、角野卓造、太川陽介、川崎麻世、小林綾子、石黒賢など、約500人の芸能関係者が参列しました。
「不仲説」があがっていた泉ピン子は、葬儀告別式に出席しませんでした。 この出来事によって、2人の不仲説が再び上がることに。 しかし、実際には訃報を聞いた時、泉ピン子は海外にいたそうです。 そのため、すぐに帰国することができなかったようです。
「『おんな太閤記』から『渡る世間は鬼ばかり』まですべてご一緒でした。最近はお姿を見かけることが少なくなり、どうされているかと心配しておりました。今までのドラマの再放送を見て、元気な赤木ママの姿と当時のことを思い起こしています。作品が思い出です。心からお悔やみを申し上げます」

泉ピン子はこのようなコメントを出しています。 また、情報番組「ミヤネ屋」に電話出演した際には、声を震わせながら赤木春恵との思い出を明かしました。
今回は「渡る世間は鬼ばかり」シリーズをはじめ、朝ドラ、大河ドラマなど 多くの作品に出演した女優・赤木春恵について調べてみました。 泉ピン子との不仲説が上がっていましたが、これはデマだったようです。 ドラマ内では不仲でしたが、実際には泉ピン子の自宅に2か月も寝泊まりするほどの仲でした。
また、赤木春恵は2018年11月に94歳で死去しました。 死因は心不全だったようです。 赤木春恵が出演した作品をぜひチェックしてみてください。
サムネイル画像は下記より引用しました。
出典: https://www.instagram.com/p/Bqv64s2FUnn/