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加藤剛の死因は?死去時の年齢や出演映画・家族構成までまとめ!

「大岡越前」「砂の器」など多くの映画やドラマに出演きた俳優の加藤剛。死去した年齢、死因は何だったのでしょうか?また、葬儀やお別れの会は?今回は俳優・加藤剛の死去した年齢、死因、家族、葬儀、出演した映画などを徹底調査しました!

加藤剛(かとう ごう)のプロフィール

【本名】加藤 剛(かとう たけし) 【生年月日】1938年2月4日 【出身地】静岡県 【身長】173cm
【テレビドラマ】 「大岡越前」「人間の條件」「三匹の侍」「剣客商売」 「風と雲と虹と」「関ヶ原」「獅子の時代」 「蒼き狼 成吉思汗の生涯」「命のビザ」「坂の上の雲」 【映画】 「上位討ち 拝領妻始末」「天狗党」「戦争と人間」 「忍ぶ糸」「影の車」「黒の斜面」「砂の器」 「天城越え」「空海」「次郎物語」「ハラスのいた日々」 「草刈り十字軍」「沈まぬ太陽」「舟を編む」

加藤剛が俳優になるまで

静岡県出身の加藤剛は、もともと俳優を志していたわけではありませんでした。 「演劇や映画に関わる仕事ができれば」程度に思っていたそうです。 加藤剛は中学卒業後、小石川高校に進学し柔道部に所属しました。 演劇もやっていた柔道部の先輩に命じられて舞台に立ちました。 また、高校時代にチェーホフの戯曲を読んだことがきっかけで、俳優を目指すようになったそうです。
高校卒業後は早稲田大学文学部演劇科に進学。 学内劇団や自由舞台で活躍しました

加藤剛が俳優デビュー

加藤剛は大学四年生のときに俳優座養成所に入りました。 俳優座養成所へ入るのはとても難しく、二十倍もの倍率だったそうです。 加藤剛は1962年に俳優デビューしました。
1970年、ドラマ「大岡越前」で主演を務めました。 この役は加藤剛にとって当たり役で、長年演じ通しました。 「大岡越前」は「水戸黄門」「江戸を斬る」とローテーションで放送し 2006年の最終回まで、36年間にもわたって放送されました。 「大岡越前」の放送終了後は、「命のビザ」や「そして戦争が終わった」などの現代史ドラマに出演しています。

【加藤剛の出演映画】黒の斜面

「黒の斜面」は1971年に公開されたサスペンス映画です。 主演は加藤剛が務めました。

ダイバ物産営業係長の辻井喬は、失恋を苦に自殺を図ろうとしていた川上妙子という女性を救ったことをきっかけに彼女と情事を重ねていたが、やがて昇格の話が持ち上がったことから、関係を清算したいと思うようになる。 ある日、辻井は出張で会社の金3000万円を持って最終の飛行機で大阪に向かうため羽田へ行ったが、待ち受けていた妙子に口説かれて、出発を翌朝に変更した。 しかし、その最終便の飛行機が途中で三河湾に墜落、全員死亡したことで、喬の歯車が狂い始める…。妻の圭子は墜落現場近くの西浦温泉へ駆けつけるが、いつまでたっても夫の遺体が見つからない。捜索を続けるうち、夫の代わりに搭乗したという男の妻が現れ、圭子は夫の生存を確信する。

https://ja.wikipedia.org/wiki/黒の斜面#あらすじ

【加藤剛の出演映画】砂の器

1974年に公開された「砂の器」は、松本清張の同名作が原作の社会派サスペンス映画です。 モスクワ国際映画祭で審査員特別賞を受賞しました。 主な出演者は丹波哲郎、森田健作、加藤剛、春山和秀、加藤嘉です。

昭和46年、蒲田の操車場で男の他殺死体が見つかった。手がかりは男が喋っていた東北弁と「カメダ」という言葉だけ。事件は迷宮入りになるかと思われたが、ベテラン刑事今西は執念の捜査を続け、ついに真実に迫る。そこには重い宿命に翻弄された父と子の姿があった。松本清張原作の長編推理小説の映画化作品。劇中のクライマックスで演奏されるピアノ協奏曲「宿命」は菅野光亮により作曲・演奏された。

https://hm-hm.net/suspense/砂の器

【加藤剛の出演映画】舟を編む

2013年に公開された「舟を編む」は、三浦しをんの小説が原作です。 主演は松田龍平が務めました。

出版社・玄武書房では中型国語辞典『大渡海』の刊行計画を進めていた。営業部員の馬締光也は、定年を間近に控えて後継者を探していた辞書編集部のベテラン編集者・荒木に引き抜かれ、辞書編集部に異動することになる。社内で「金食い虫」と呼ばれる辞書編集部であったが、馬締は言葉への強い執着心と持ち前の粘り強さを生かして、辞書編纂者として才能を発揮してゆく。

https://ja.wikipedia.org/wiki/舟を編む#あらすじ

【加藤剛の家族】妻・伊藤牧子

【名前】伊藤 牧子(いとう まきこ) 【生年月日】1937年3月17日 【年齢】81歳 【出身地】東京都
加藤剛の妻は声優の伊藤牧子です。 2人は同じ早稲田大学出身で、演劇サークルで出会いました。 伊藤牧子は「ひょっこりひょうたん島」でダンプを演じブレイク。 テレビアニメ「かみなり坊やピッカリ・ピー」「ファイトだ‼ピュー太」 映画「わんわん忠臣蔵」「ガリバーの宇宙旅行」などで声優を務めました。

【加藤剛の家族】長男・夏原諒

【名前】夏原 諒(なつはら りょう) 【本名】加藤 大治郎(かとう だいじろう) 【生年月日】1975年6月21日 【年齢】43歳 【出身地】東京都 【身長】177cm 【血液型】A型
夏原諒は音大の器楽科を卒業しています。 大学卒業後はアルトサックス奏者として活動していましたが、2003年に俳優に転向しました。 父親について夏原諒は「声を荒げて怒ったことは一度もない」と語っています。 加藤剛は家族の時間をとても大切にしていたようです。 撮影で忙しくても、週末は必ず自宅に帰り子供たちと遊んでいたそうです。
また、父親は「大岡越前そのものだった」とも明かしています。 加藤剛は人の悪口を一切言わず、嘘のない人だったそうです。 そういった部分も含めて、役と加藤剛が見事に一致していたそうです。

【加藤剛の家族】次男・加藤頼

【名前】加藤 頼(かとう らい) 【本名】加藤 小次郎(かとう こじろう) 【生年月日】1980年7月16日 【年齢】38歳 【出身地】東京都 【身長】170cm 【血液型】O型
加藤頼は成城大学を卒業しています。 舞台、テレビドラマを中心に活動しており、「大岡越前-卯の花が咲くとき-」では自身の劇団が脚本を行いました。 また、第一部では大岡忠相の若い頃を演じました。

【加藤剛の死因】死去した年齢

2018年7月、加藤剛が死去したことが発覚しました。 加藤剛は、6月18日に80歳で死去しました。

【加藤剛の死因】胆のうがんで死去

加藤剛は胆のうがんで死去したことがわかりました。 普段から酒やタバコは無縁だったそうです。

胆のうは肝臓の下にあり、肝臓でつくられた胆汁という消化液をいったんためておく袋のような臓器です。食べ物をとると、胆のうはその情報をキャッチして胆汁を分泌し、胆のう管から総胆管を通って十二指腸に流れ込んで消化を助けます。胆のうや胆のう管にできた悪性の腫瘍を「胆のうがん」といいます。

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【加藤剛が死去】葬儀

加藤剛の葬儀は家族で行われました。 9月22日に東京都港区六本木の「俳優座劇場」でお別れの会が開かれました。

【加藤剛が死去】遺作

加藤剛は死去する前年まで俳優として活動していました。 テレビドラマの遺作は、2017年10月に放送された「事件18」、 映画の遺作は2018年2月公開の「今夜、ロマンス劇場で」でした。

加藤剛が死去 まとめ

今回は「大岡越前」「砂の器」で知られる俳優・加藤剛について調べてみました。 デビュー以来、多くの映画やドラマに出演してきた加藤剛。 俳優活動は「戦争反対」の一心で続けてきたそうです。 加藤剛は2018年に胆のうがんで死去しました。 加藤剛が出演している作品をぜひチェックしてみてください。