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実はあの人も!難病・奇病にかかった芸能人・有名人30選まとめ
世の中に存在する多数の病気の中には、原因や治療が解明されていない、または難しい、難病・奇病と呼ばれるものがあります。そういった難病・奇病を発症したことのある芸能人・有名人を30人ご紹介します。病気と向き合いながら、どのように考え、生活しているのでしょうか。
難病・奇病にかかった芸能人・有名人30選
世の中には、多くの病気がありますよね。
中には、治療が難しい難病や奇病があります。
一見珍しいと思われる難病や奇病ですが、いつ誰がかかってもおかしくありません。
今回は、そんな難病・奇病にかかり、病気を克服した人、今なお病気と闘っている人、残念ながら命を落としてしまった人、そんな有名人や芸能人をご紹介します。
難病・奇病にかかった芸能人や有名人を30人まとめました。
難病・奇病にかかった芸能人・有名人30選【歌手】
徳永英明
生年月日:1961年2月27日
「壊れかけのRadio」などで有名な、歌手の徳永英明さん。
徳永英明さんがかかった難病は、「もやもや病」でした。
もやもや病は、脳の血管が細くなったり詰まったるする病気です。手足のしびれを起こしたり、脳梗塞や脳出血のリスクが高くなる病気で、原因はわかっていません。
徳永英明さんは、2001年から2002年の間に休養の時期があったのですが、2016年2月に脳梗塞予防のための手術を受け、再度活動を休止し、4月に復帰しました。
2018年の9月には、軽度の脳梗塞を発症しました。入退院や休養復帰をくりかえしながら、現在も活躍し続けています。
坂口憲二
生年月日:1975年11月8日
坂口憲二さんは、ドラマ「天体観測」や「医龍 -Team Medical Dragon-」に出演し、俳優として活動していました。
坂口憲二さんが発症したのは、「特発性大腿骨頭壊死症」です。
この病気は、大腿骨の一部の骨が壊死することによって痛みを感じる病気です。歩行時に痛みを感じるようになり、症状が進行すると、安静時にも痛むようになります。
変形性股関節症につながることもある病気なのですが、原因はわかっていません。
2018年3月から、治療に専念するために事務所を退社し、芸能活動はしていません。
Ryoji
生年月日:1974年12月14日
Ryojiさんは、日本の音楽グループ「ケツメイシ」のボーカリストです。
2016年にテレビ番組内で、「特発性大腿骨頭壊死症」であることを公表しました。
立っているだけ、歩いているだけでもかなり辛いそうですが、誰かが死ぬまでグループを続けていきたいという思いを持って、2019年現在も活動し続けています。
難病・奇病にかかった芸能人・有名人30選【女優】
堀ちえみ
生年月日:1967年2月15日
堀ちえみさんは、アイドルとしてデビューし、現在も歌手として活動しています。
堀さんは、2018年にテレビ番組内で「特発性大腿骨頭壊死症」であったことを公表しました。足の関節だけでなく、背中や腰の痛みもひどかったようです。
かなりショックを受けたものの、旦那さんからの励ましもあり、手術を受け、2017年にはコンサートをしています。
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和田アキ子
生年月日:1950年4月10日
和田アキ子さんは、歌手として人気を博し、現在はタレントや司会としてバラエティ番組に出演しています。
和田アキ子さんは、ラジオ番組の出演中に、「シェーグレン症候群」であることを話しています。
シェーグレン症候群は、涙や唾液を分泌する外分泌腺に慢性的な炎症が起こり、体液の分泌量が低下する病気です。治療法はわかっていません。
症状としては、口の渇き、咳、疲労感、関節の痛みなどがあります。和田アキ子さんも、病気のことを話したラジオで、水が手放せないとういうことを話しています。
菊池桃子
生年月日:1968年5月4日
アイドルとして人気を集め、現在は女優・歌手として活動している菊池桃子さん。
そんな菊池桃子さんが2013年、自身のブログで、「シェーグレン症候群」であることを公表しました。
幸いにも、早期発見できたため、症状もあまり悪化しない状態で、現在も変わらず活動できているそうです。定期的な検査が大切ですね。
難病・奇病にかかった芸能人・有名人30選【総理大臣】
安倍晋三
生年月日:1954年9月21日
安倍晋三さんは、現在の内閣総理大臣です。
2007年、安倍晋三さんが、辞職した際に発症していた病気が「機能性胃腸症」でした。
この病気は、内視鏡検査では原因となる疾患が見つけられないものの、胃の痛みや不快感を感じる疾患で、吐き気や嘔吐を催します。
原因はストレスだと言われていますが、はっきりとした起因材料はわかりません。
また、安倍さんは、高校生の時に「潰瘍性大腸炎」を発症しています。この病気は、国指定の難病であり、症状が治まったり再発したりを繰り返しています。
美空ひばり
生年月日:1937年5月29日
美空ひばりさんといえば、昭和の伝説的な歌姫ですよね。「川の流れのように」や「柔」は今でも歌い継がれています。
美空ひばりさんは52歳で亡くなったのですが、その原因ともなったのが「特発性間質性肺炎」でした。
この病気は肺胞に炎症や損傷が起こることによって、酸素と二酸化炭素の交換が難しくなります。症状が悪化すれば、呼吸困難・呼吸不全を引き起こします。
病気の原因はまだ、わかっていません。
難病・奇病にかかった芸能人・有名人30選【アスリート】
三原舞依
生年月日:1999年8月22日
三原舞依さんはフィギュアスケート選手で、2017年の世界選手権では5位を獲得しました。
三原さんは、2015年に「若年性特発性関節炎」を発症し、入院しました。関節の炎症で、足が動かせないほどになったようです。
車椅子生活を余儀なくされ、練習ができなかった時期を乗り越え、2016年の復帰戦では見事、優勝しています。
松本利夫
松本利夫さんはMATSU名義で、EXILEとして活動しており、J Soul Brothersの元メンバーです。
MATSUさんは、2007年に放送されたテレビ番組内で、「ベーチェット病」であり、高校生の時から、左目の視力がほとんどなかったことを話しました。
ベーチェット病は、目や皮膚や口、外陰部など全身性の疾患で、急性炎症の寛解と増悪を繰り返します。
現在は、徐々に原因や治療法が発見されてきていると言われており、薬によるコントロールができ、薬による副作用などの研究もすすんでいるようです。
柴田章吾
生年月日:1989年4月13日
柴田章吾さんは、元プロ野球選手で、現在は、外資系企業につとめています。
小学生の頃からリトルリーグで活躍していましたが、中学生のときに、「ベーチェット病」を発症しました。
医師からは、強豪校で野球を続けることに難色を示されたものの、甲子園出場をはたし、同じベーチェット病の人を勇気づけるためにも野球を続けました。
難病・奇病にかかった芸能人・有名人30選【アイドル】
今井翼
今井翼さんは、滝沢秀明さんとともに活動していた、元ジャニーズ事務所のアイドルです。
今井翼さんは、突発性難聴を患っていましたが、現在は「メニエール病」であると診断されています。
メニエール病は、激しいめまいや難聴、耳鳴りをおこし。原因の多くは、ストレスが関与していると考えられています。
発見が遅いと、治療は困難だと言われており、手術をすることもあります。
今井翼さんはメニエール病で2018年に2度目の入院をしており、現在も療養を続けているそうです。
久保田利伸
生年月日:1962年7月24日
久保田利伸さんは、シンガーソングライターとして活動している人物です。人気ドラマの主題歌ともなった「LALALALOVE SONG」が有名ですよね。
久保田さんは、2006年に、メニエール病のため、ツアーを中止したことがありました。
ファンに正しい情報を伝えるため、病名も公表したそうです。
歌手としては、難聴や耳鳴りが酷い中でのコンサートは難しいでしょうね。
ハイヒールモモコ
生年月日:1964年2月21日
モモコさんは、女性漫才コンビ「ハイヒール」の一人として関西を中心に活動しています。最近では全国区の番組への出演も増えましたね。
モモコさんは、自身の著書で「メニエール病」を患っていたことを公表しました。
メニエール病は再発も多く、モモコさんは、一度完治したと思ったものの、発症から10年以上経ち、再発したそうです。
栗山英樹
生年月日:1961年4月26日
栗山英樹さんは、元プロ野球選手で、現在は北海道日本ハムファイターズの監督をつとめています。
そんな栗山英樹さんですが、プロ野球界入りして2年めに「メニエール病」の症状がでました。
プロスポーツ選手ですから、めまいや立ちくらみは、そのまま選手としての成績や選手生命に影響します。
シーズン中は、めまいと闘いながら試合に出場し、オフシーズンに治療を受け、入院することもありました。
メニエール病の症状と闘いながら活躍していたものの、症状がなくなることはなく、1990年に現役引退しています。
星野仙一
生年月日:1947年1月22日
星野仙一さんは、元プロ野球選手で、中日ドラゴンズ・阪神タイガーズ・東北楽天ゴールデンイーグルス・北京オリンピック日本代表の監督をつとめました。
2018年1月に膵臓がんで亡くなっています。
星野仙一さんは、2014年5月に「腰椎椎間板ヘルニア」「胸椎黄色靭帯骨化症」との診断を受け、休養・手術となりました。7月に監督として復帰しますが、このシーズンで退任しています。
胸椎黄色靭帯骨化症とは、胸椎をつなぐ靭帯が骨化することにより、脊髄の神経を圧迫するものです。
しびれや痛み、歩行困難などの症状がでますが、症状が悪化すると両下肢麻痺になることもある病気ですが、原因は不明です。
大隣憲司
生年月日:1984年11月19日
大隣憲司さんは、元プロ野球選手で、福岡ソフトバンクホークス・千葉ロッテマリーンズで活躍の後、現在は投手コーチとして活動しています。
大隣さんは、2013年5月に腰に違和感を感じ、6月に「黄色靱帯骨化症」と診断を受けました。
手術を受け、シーズン中には復帰できないと言われながらも復帰を果たし、翌年には、チームの優勝に貢献しました。
黄色靱帯骨化症を発症した人物が復帰し、一軍の試合で勝利したことは史上初であり、その後の活躍も含めて、難病に苦しんでいる多くの人に勇気を与えたと言われています。
難病・奇病にかかった芸能人・有名人30選【若手女優】
芳根京子
生年月日:1997年2月28日
NHKの朝の連続テレビ小説「べっぴん」さんでヒロインをつとめた実力派女優芳根京子さん。
芳根京子さんが、発症した難病は「ギランバレー症候群」。芳根さんが中学2年生のときでした。
ギランバレー症候群は、免疫が自らの神経を攻撃することによって起こる自己免疫疾患です。
症状が進行すると、呼吸困難・歩行困難・顔面麻痺を起こし、悪化すると死に至ることもある病気です。
芳根さんは、学校にも通えない状態になったそうですが、現在は克服し、活躍しています。
大原麗子
生年月日:1946年11月13日
大原麗子さんは、人気映画「男はつらいよ」でマドンナ役を務めた、昭和の演技派女優です。
大原さんは1975年に「ギランバレー症候群」を発症し、1999年に再発がきっかけで芸能活動を休止しました。
2008年には、復帰を目標に語っていたようです。
2009年6月に、連絡が取れなかった大原さんが発見され、亡くなっていることがわかりました。電話を取ろうとしていた体勢であったことから電話まで手を伸ばせていれば、助かったかも知れないと言われています。
佐藤寿人
生年月日:1982年3月12日
佐藤寿人さんは、現在Jリーグジェフユナイテッド千葉に所属しているサッカー選手です。
佐藤さんは、2002年に突如「ギランバレー症候群」を発症し、手足に力が入らなくなり、治療を余儀なくされました。
早い対処が功を奏したのか、重大な症状にはならず、現在も現役で活躍しています。
福永泰
生年月日:1973年3月6日
福永泰さんは、元サッカー選手で、現在は、サッカーの指導を行っています。
福永さんは「ギランバレー症候群」を発症し、練習中、力が入らず、上手くボールを扱えなくなりました。
その後、活躍を続けるも、靭帯損傷が原因となり引退しました。
美馬寛子
生年月日:1986年12月5日
2008年にミス・ユニバース・ジャパン代表となった、モデルの美馬寛子さん。
彼女は、中学生の時に「ギランバレー症候群」を発症し、手足に力が入らなくなりました。
3ヶ月の療養で完治し、リハビリのためにはじめた陸上競技では、国体への出場を果たしています。
林家こん平
生年月日:1943年3月12日
林家こん平さんは、落語家として活動し、人気演芸番組「笑点」のメンバーとして出演していました。
現在は笑点を長期休業しているこん平さん。その理由となったのが「多発性硬化症」でした。
多発性硬化症は、神経が傷つくことにより、脳や脊髄、視神経に影響が出る病気です。こん平さんは、ひどいときには意識が途切れることもありました。
現在も、落語家として活動を再開するために、リハビリにつとめています。
病気の原因はわかっていません。
伊藤智也
生年月日:1963年8月16日
伊藤智也さんは、車椅子陸上選手として活躍しています。2008年のパラリンピックでは金メダルを獲得しました。
伊藤さんは、1998年に多発性硬化症を発症し、歩行困難になり、車椅子での移動になりました。
通常の車椅子ではなく、間違えて競技用の車椅子が届いてしまったことが、スポーツ選手となるきっかけでした。
現在は、2020年の東京パラリンピックに向けてトレーニングを積んでいます。
山田まりや
生年月日:1980年3月5日
山田まりやさんは、元グラビアアイドルで、現在は女優・タレントとして活動しています。
そんな山田まりやさんは、仕事が多忙な時期に「クローン病」と診断を受けたそうです。
クローン病とは、消化器系に原因不明の炎症が起こり、嘔吐や下痢を引き起こす病気です。
現在は、体調が回復し、難病啓蒙活動への参加をしたり、体調面を深く考え、薬膳や漢方の資格取得もしています。
後藤邑子
生年月日:8月28日
後藤邑子さんは、声優としてアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」や「ひだまりスケッチ」などに出演しています。
後藤邑子さんは、免疫疾患をもっており、中学生の時に「特発性血小板減少性紫斑病」にかかりましたが、治療をしつつ、生活していました。
そして数十年が経ち、仕事での無理だたたった際に告げられたのが「全身性エリテマトーデス」でしたが、この頃には、症状を寛解させる方法が確立されていました。
藤田三保子
生年月日:1952年10月31日
藤田三保子さんは、女優・歌手として活躍している人物です。
藤田さんは、27歳のときに「全身性エリテマトーデス」を発症しています。
当時は、薬で症状を抑えるものの、副作用となる顔のむくみなどが女優業に影響を及ぼし、悩み、薬の投与をやめては症状が悪化するという状況に、葛藤していました。
現在は、研究もすすみ、症状もおさえられているようです。
間下このみ
生年月日:1978年4月27日
間下このみさんは、人気子役として活躍し、現在も、女優・タレントとして活動しています。
間下さんは、2006年に「抗リン脂質抗体症候群」であることを公表しました。
不育症や、習慣性流産を引き起こす病気で、公表の半年ほど前に、間下さんは死産を経験しています。
その後、闘病を続けながら子供に恵まれ、現在は、病気の啓蒙活動を行っています。
北川悦吏子
生年月日:1961年12月24日
北川悦吏子さんは、ドラマ「半分、青い」などで知られる脚本家です。
北川さんは、1999年に「炎症性腸疾患」であることがわかりました。
炎症性腸疾患は、大腸に炎症が起こる病気ですが、投薬治療を試みるものの、長い間、悪化と寛解を繰り返していました。最終的には、大腸を全摘出し、症状を落ち着けたといいます。
中島忠幸
生年月日:1971年6月14日
中島忠幸さんは、お笑いコンビ「カンニング」で活躍していた人物です。
中島忠幸さんは2004年に「白血病」の治療のために活動を休止し、2006年に風邪を引き、ウイスル性肺炎を併発、そして亡くなりました。
現在も、相方である竹山さんは、コンビ名「カンニング」の名前で活動を続けています。
まとめ
多くの人が苦しまされている難病や奇病はたくさんあります。もちろん徐々に原因や治療法は確立されてきていますが、それと同時に、病気の認知度も高め、早期発見につながるといいですね。
病気を発症しながらも、必死に闘っている芸能人や有名人の姿は、今後も多くの人に勇気を与えると思います。