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大鵬幸喜の現役時代の成績は?娘が美人?ロシア?ハーフ?名言?
昭和の横綱・大鵬幸喜さんをご存知でしょうか。現役時代の成績を調べると、歴代記録が目白押しでした!娘が3人おり、孫はなんと現役力士として活躍していることがわかりました。大鵬幸喜さんの成績や娘情報、名言集、孫の現在について画像とともにご紹介します。
昭和の横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は賭博で逮捕?
昭和の大横綱として人気の高かった大鵬幸喜さんですが、実はハーフであることをご存知でしょうか。大鵬幸喜さんの父親はウクライナ系ロシア人だったのです!
「巨人・大鵬・卵焼き」と称されるほどの人気で、昭和の一時代を気付き上げた大鵬幸喜さんですが、現役引退後は自身の病気や身内内のトラブルで辛い日々が続きました。大鵬幸喜さんのプロフィールや現役時代の成績、家族情報、そして孫の現在について画像とともにご紹介します。
昭和の横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は賭博で逮捕?【プロフィール】画像付
大鵬幸喜(たいほうこうき)さんは1940(昭和15)年5月29日生まれです。本名は納谷幸喜(なやこうき)です。身長は187センチです。力士の平均身長は十両では182.7センチなので、大鵬幸喜さんの身長は平均以上だったと言えるでしょう。
大鵬幸喜はロシア生まれのハーフだった!
大鵬幸喜さんの父親については後ほどご紹介しますが、大鵬幸喜さんは樺太(カラフト)敷香郡敷香町であり、現在のロシア極東連邦管区サハリン州ポロナイスク市です。当時の樺太(カラフト)は日本の領地だったため、大鵬幸喜さんは力士として初土俵を踏んだ後も外国人力士ではありません。
日本に引き揚げて時に九死に一生を得ていた!
大鵬幸喜さんが出生後、朝鮮戦争によってソ連(現在のロシア)が樺太に侵攻したため、母親とともに大鵬幸喜さんは日本へ引き揚げました。母親と引き揚げ船「小笠原丸」に乗りますが、母親が体調不良により途中で下船しました。最後の引き上げ船だったため、日本列島へ行く手立てがなくなってしまいましたが、後に小笠原丸は国籍不明の潜水艦(後にソ連・ロシアの潜水艦という説)の魚雷攻撃を受けて沈没してしまいました。
北海道に移り住んで極貧生活を送る
北海道に移り住んだ大鵬幸喜さんは、母子家庭だったため貧しい生活を余儀なくされました。その後、母親が再婚して「住吉」姓となります。再婚相手が学校の教師だったため、大鵬幸喜さんは幾度となく学校を転校することになります。その後、母親が離婚したため、大鵬幸喜さんは「納谷」姓に戻りました。
中学校卒業後、大鵬幸喜さんは「北海道弟子屈高等学校」定時制に進学、林野庁(農林水産省の外局)関係の仕事をしながらの進学でした。働きながら勉学に励んでいたある日、大鵬幸喜さんは相撲も巡り合うこととなります。
昭和の横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は賭博で逮捕?【父はロシア人?ハーフ?】
大鵬幸喜さんは樺太(現在のロシア)生まれですが、父親はウクライナ系のロシア人です。つまり、大鵬幸喜さんはハーフということになります。大鵬幸喜さんの父親についてご紹介します。
父親はウクライナ系ロシア人のコサック騎兵隊将校だった!
大鵬幸喜さんの父親は、ウクライナ人のコサック騎兵隊将校マルキャン・ボリシコです。マルキャン・ボリシコは帝政ロシア時代のウクライナ東部に生まれました。その後、ロシア革命により樺太へ亡命、大鵬幸喜さんの母親と出会いました。
マルキャン・ボリシコは南樺太の敷香で牧場を経営、肉や乳製品を卸す事業で成功して南樺太の名士として知られるようになりました。太平洋戦争によって樺太にもソ連(現在のロシア)が侵攻、外国とのつながりのあったマルキャン・ボリシコは逮捕され、自由はく奪10年に処せられ強制収容されました。その後、恩赦によって釈放、サハリン(旧:樺太)州立博物館の守衛を務めましたが、75歳で亡くなりました。
大鵬幸喜さんは北海道へ引き揚げた後、マルキャン・ボリシコとの連絡は途絶えていました。マルキャン・ボリシコが亡くなったのは、大鵬幸喜さんが関脇で初優勝した昭和35年11月の場所中でした。父親が亡くなったことで、大鵬幸喜さんがハーフであることなどが当時話題となりました。
横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は誰?【相撲部屋へ入門】
大鵬幸喜さんが相撲に出会ったのは、高校在学中でした。1956(昭和31)年に二所ノ関一行が、北海道に巡業に来た際、大鵬幸喜さんは部屋の親方に会い、入門を勧められました。当初は母親からの反対がありましたが、力士の礼儀正しさを知った叔父が母親を説得したことで入門することになります。
入門のきっかけは「ちゃんこ鍋」だった!?
大鵬幸喜さんが相撲部屋に入門した理由のひとつとして、母親を楽させたいという理由があったのでしょう。しかし、大鵬幸喜さんは晩年のインタビューで、巡業で振舞われたちゃんこ鍋に感銘を受けて入門したと明かしています。
昭和の横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は賭博で逮捕?【現役時代の成績まとめ】画像付
相撲部屋に入門後、1956年9月場所で初土俵を踏みました。3年後には十両に昇進、5年後の1961(昭和36)年には横綱に昇進します。ライバルであった柏戸と並び「柏鵬(はくほう)時代」と呼ばれ、相撲界の黄金期に突入しました。ここからは、大鵬幸喜さんの現役時代の主な成績を画像とともにご紹介します。
通算成績:872勝182敗136休(勝率.827)
通算在位:87場所(横綱在位58場所)
年間最多勝:6回(歴代3位)
連勝記録:45連勝(歴代4位)
昭和の横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は賭博で逮捕?【家族構成】画像付
大鵬幸喜さんの家族をご紹介します。大鵬幸喜さんは結婚していますが、結婚相手(芳子夫人)の詳細はわかりませんでした。
妻と結婚後 娘3人が誕生
芳子夫人と結婚後、大鵬幸喜さんには3人の娘が生まれました。ハーフである大鵬幸喜さんの子供なので、クオーターということになります。
3女「納谷美絵子」の夫は元関脇・貴闘力
大鵬幸喜さんの3女である納谷美絵子(なやみえこ)さんは、後に元関脇・貴闘力と結婚、4人の子供をもうけました。しかし2010年6月、週刊誌の報道により野球賭博関与が報じられ、警視庁の事情聴取により関与を認めたことで解雇されてしまいます。その後、美絵子夫人と離婚、現在は焼肉店「焼肉本店ドラゴ」を開業、現在は飲食店を全国10店以上経営する会社の取締役として活動しています。
妻・娘は美人?
大鵬幸喜さんについて調べると「美人」というワードが浮上します。妻の芳子さんや、娘について調べてみましたが、美人かどうかは不明でした。大鵬幸喜さんは現役時代、色白の美男だったため、子供のみならず女性からの人気が高かった力士です。その娘たちもさぞ美人だろうという想像から「美人」というワードが浮上した可能性があります。
昭和の横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は賭博で逮捕?【妻が不倫していた!】
大鵬幸喜さんは若い頃から酒豪として知られており、引退後も塩辛などの塩分が多い食事や大量のアルコールを摂取したことで、37歳の時に脳梗塞で倒れてしまいます。その後は左半身麻痺が残り、芳子夫人の献身的な介護が必要な状態でした。
しかし、妻の芳子夫人はなんと不倫していたことが後に明らかになります。芳子夫人は大鵬幸喜さんの弟子と男女の中になったり、当時の大物レスラーと自宅近くの高級ホテルで逢瀬を重なるなど、一部の関係者の仲では有名な話でした。一部週刊誌にも報じられましたが、芳子夫人は否定しており事実関係は明らかになっていません。
昭和の横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は賭博で逮捕?【孫は力士・納谷幸之介】
大鵬幸喜さんの孫はわかっているだけで4人いますが、内2人が相撲をやっています。娘の美絵子さんの次男・納谷幸林(なやたかもり)さんは現在、中央大学相撲部に所属しています。三男の納谷幸之介(なやこうのすけ)さんは2017年12月、一族悲願の相撲界に入門しました。
孫 納谷幸之介のプロフィール
大鵬幸喜さんの孫・納谷幸之介さんのプロフィールをご紹介します。納谷幸之介さんは2000年2月14日の18歳、東京都・江東区出身です。小学1年生から相撲を始め、高校は相撲部強豪校「私立埼玉栄高等学校」に進学しました。
高校卒業後の進路は、大鵬幸喜さんの後身にあたる大嶽部屋に入門を希望していました。高校在学中の2017年11月、初土俵を踏む予定でしたが同年12月に行われた「全日本選手権」の出場資格を得たことから大相撲入りを延期、選手権終了後の12月19日に大嶽部屋への入門を果たしました。現在「納谷」の四股名で活躍しています。
孫 納谷幸之介の先輩は大関・豪栄道
大鵬幸喜さんの孫である納谷幸林さんや、納谷幸之介さんが通っていた高校「埼玉栄高校」は、強豪相撲部があることで有名です。孫である2人も所属していました。埼玉栄高校相撲部の卒業生で有名なのは、現在、大関として相撲界で活躍する豪栄道です。納谷幸之介さんとは14歳差であり、目標としている力士のひとりとして名前を挙げています。
昭和の横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は賭博で逮捕?【名言】画像付
「巨人・大鵬・卵焼き」と昭和の時代に愛された大鵬幸喜さんは、多くの名言を残してきました。大鵬幸喜さんの名言をいくつかご紹介します。
大鵬幸喜の名言①
大鵬幸喜さんの孫である納谷幸林さんや、納谷幸之介さんが通っていた高校「埼玉栄高校」は、強豪相撲部があることで有名です。孫である2人も所属していました。埼玉栄高校相撲部の卒業生で有名なのは、現在、大関として相撲界で活躍する豪栄道です。納谷幸之介さんとは14歳差であり、目標としている力士のひとりとして名前を挙げています。
http://meigen.keiziban-jp.com/%E5%A4%A7%E9%B5%AC大鵬幸喜の名言②
いろいろな人に会って話をするのもいいけれども、自分の心ができていないのにいくら話を聞いてもそれ以上のことは吸収できません。相撲取りが心をつくるのは、土俵でしかないんです
http://meigen.keiziban-jp.com/%E5%A4%A7%E9%B5%AC大鵬幸喜の名言③
優勝を口にするより、まず努力。結果は後からついてくる
http://meigen.keiziban-jp.com/%E5%A4%A7%E9%B5%AC大鵬幸喜の名言④
横綱が物言いのつくような相撲をとってはいけない
http://meigen.keiziban-jp.com/%E5%A4%A7%E9%B5%AC大鵬幸喜の名言⑤
毎日毎日同じことの繰り返し。コツコツ、一つのことを繰り返し続けることです
http://meigen.keiziban-jp.com/%E5%A4%A7%E9%B5%AC昭和の横綱 大鵬幸喜の現役時代の成績まとめ!娘婿は賭博で逮捕?【まとめ】
南樺太(現在のロシア・サハリン)で生まれた大鵬幸喜さんは、ウクライナ系ロシア人の父親を持つハーフとして育ちました。10代の頃は母子家庭で育ち、貧しい生活を耐えましたが、相撲部屋に入門して頭角を現していきました。
色白で美男だった大鵬幸喜さんは、画像からもわかる通り、子供や相撲ファンのみならず、多くの女性を虜にしました。妻や娘も美人という噂が出ましたが、美人かどうかは今回わかりませんでした。大鵬幸喜さんは、日々の食生活が影響して脳梗塞で半身まひが残ったり、妻の浮気に悩まされるなど晩年は辛い日々を送ります。
現在は孫である納谷幸之介(四股名「納谷))で相撲界デビューしており、大鵬幸喜さんの遺伝子を引き継いでいます。孫たちの活躍に期待しましょう。