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肝付兼太が死去?死因は?ホラーマンの声?葬儀での弔辞が話題?

2018.06.19

アンパンマンのホラーマン役やドラえもんの骨川スネ夫役でお馴染みの声優・肝付兼太さん。2016年に死去した死因は何だったのでしょうか。そこで今回は、肝付兼太さんの死去や死因について、またホラーマンなど代表作についてご紹介します。

  1. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】肝付兼太のプロフィール
  2. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】肝付兼太の活躍
  3. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】代表作1・骨川スネ夫役
  4. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】代表作2・じゃじゃ丸役
  5. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】代表作3・イヤミ役
  6. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】代表作4・ホラーマン役
  7. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】晩年も精力的に活躍
  8. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】話題の弔辞とは?
  9. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】肝付兼太が死去
  10. 【ホラーマンやスネ夫の声優・肝付兼太が死去、死因とは?葬儀での弔辞が話題?】まとめ
肝付兼太(きもつき・かねた)さんは、1935年11月15日年生まれ。鹿児島県出身。AB型。本名は、肝付兼正(きもつき・かねまさ)さんと言うようです。声優として活躍した肝付兼太さん。80歳でこの世を去るまで、アニメ界に大きな功績を残しています。
学生時代にラジオをよく聞いていた肝付兼太さん。当時、好きだったNHKのラジオ番組「話の泉」の公開収録を見に行った際に、自分も俳優になりたい!と思ったそうです。しかし、祖母から“俳優向きのビジュアルじゃない”と言われたことで、映画俳優ではなく、顔を出さずに演技する声優を目指しはじめました。
高校卒業後は、高島屋に就職した肝付兼太さん。社会人として働きながら、劇団に所属し活動していました。当時肝付兼太さんが所属していた劇団はNHKの番組によく出演していたため、肝付兼太さんも徐々にNHKラジオドラマ番組の仕事を始めました。その後、どうしても声優として生計を立てていきたかった肝付兼太さんは、高島屋を退社。デビュー当時は、なかなか声優だけでは食べていけなかったため、数々のアルバイトを経験したようです。
初めてラジオドラマに出演したのはNHKの「婦人の時間」という番組。たった二言のセリフでしたが、当時は生放送ということもあり、かなり緊張したようです。そしてアニメ声優として1963年頃から「エイトマン」や「鉄腕アトム」に出演。その後、1965年に放送された「オバケのQ太郎」のゴジラ役でレギュラー出演を勝ち取ります。しかし、なかなか面白い演技ができなかった肝付兼太さん。マネージャーのダメ出しもあり、第4話を収録する時、思い切ってアドリブを入れることに。すると、それを見に来ていた原作者の藤子不二雄さんが大絶賛。それ以降、藤子作品には原作者指名で出演するようになりました。
ここからは、肝付兼太さんの代表作をご紹介していこうと思います。
藤子不二雄作品に欠かせない声優となった肝付兼太さん。なかでも代表作となったのは「ドラえもん」の骨川スネ夫役。
テレビ朝日版の『ドラえもん』では骨川スネ夫役を1979年の放送開始以来26年間に亘って担当。日本テレビ版の『ドラえもん』ではジャイアン役を担当していた。

どうやらジャイアンもやったことがあったそうですね。しかし、ご本人はジャイアンを担当していたことは、あまり覚えていなかったようです。
骨川スネ夫といえば、「のび太のくせに生意気だ!」というセリフが有名ですが、このセリフ、実は肝付兼太さんのアドリブだったそうです。アドリブが定番のセリフとして採用されるなんて、すごいですよね。
1982年から1992年まで、NHKの「おかあさんといっしょ」のなかで放送された人形劇“にこにこぷん”のじゃじゃ丸役も肝付兼太さんの代表作のひとつ。ちなみにじゃじゃ丸の定番挨拶“オッス、じゃじゃまるさんだぞ”というセリフも肝付兼太さんによるアドリブから始まったそうです。
肝付兼太さんは、1977年に放送された「バーバパパ」では主題歌を歌いレコード化しています。現在では、声優さんがアニメ主題歌を歌ったり、CDを出すのは当たり前になっていますが、当時は珍しいことだったそうですね。そのため、肝付兼太さんは“歌う声優”の先駆け的存在だと言われています。
じゃじゃまる君というキャラクターをやったんです。これは毎週3本唄ったんですよ。まあ、短い歌ですけど。越部信義という先生が音楽をやられていて、越部先生の歌の調子が分かってくると、唄えるようになるというか、生意気に譜面が少し分かるようになって。「おかあさんといっしょ」は16年やったんですよ。最初の2、3年は苦労しましたけどね。

しかし、もともと楽譜が読めず、歌が得意ではなかった肝付兼太さん。はじめは苦労したそうです。
近年放送された「おそ松さん」が大人気となっていますが、肝付兼太さんは、1988年に放送されたテレビアニメ「おそ松くん」のイヤミ役としても有名。
イヤミもね、オーディションを受けたんですよ。で、イヤミに関して言えば、僕は10年前にこの役をやれたら、もっとテンション上げられたのにって思っていましたよ。それでもね、収録が終わると、「はあ、今日は毛細血管が7本切れた」って。

イヤミ役は、テンション高くやらないと楽しくないから、と語る肝付兼太さん。個性的な役が似合いますよね。
「それいけ!アンパンマン」の初代ホラーマン役を演じていた肝付兼太さん。実は1990年にも初代・チョコレートパンマン役で出演したことがあります。
初期はドキンちゃんのためにアンパンマンを襲うが、失敗ばかりして敵味方双方に笑われる始末であり、次第にアンパンマン達とも仲良くなった。料理が得意であり、ゲストキャラクターに料理を習う事も多い。ドキンちゃんに炊事や掃除をはじめ家事全般を押し付けられている。ばいきんまんにドキンちゃんからのお使いを丸投げされる事も少なくないが、マイペースの為すぐに忘れてしまう。

バイキンマンの仲間かと思いきや、アンパンマンとも仲良くしているホラーマン。子供たちの人気を集めています。
1983年から劇団21世紀FOXを主宰していた肝付兼太さん。東京アニメーター学院で声優科の講師を務めるなど、若手俳優の育成にも力をいれていたようです。
声優として活動していた肝付兼太さんですが、舞台も多く出演しています。70歳を超えても、自身が主宰する劇団21世紀FOX作品に多く参加していました。
肝付兼太さんの名前を検索すると出てくるのが“弔辞”や“ジャイアン”というワード。どうやらこれは、ジャイアン役を務めていたたてかべ和也さんの葬儀で行った弔辞が感動的だった、というものでした。
こちらが、その時の映像です。ジャイアンにスネ夫の声で呼びかける肝付兼太さん。たてかべ和也さんと肝付兼太さんは、50年来の友人だったといいます。最後の「ジャイアーーーン!」という叫びが感動的ですよね。その他にも「ジャイアンのくせになんで先にいっちゃうんだよ」といった、言葉が印象的でした。
ジャイアン役のたてかべ和也さんの死から1年ちょっと経ち、 2016年10月20日に肝付兼太さんが亡くなりました。死因は肺炎だったそうです。
ドラえもんの放送のなかで肝付兼太さんへの弔文が流れるなど、SNSでは「ジャイアンの次にスネ夫も…悲しい」「肝付兼太さんのスネ夫役大好きだった」「天国でジャイアンとスネ夫が仲良く過ごしてほしい」など、ドラえもんファンから多くのコメントが寄せられました。
今回は、声優として活躍した肝付兼太さんのプロフィールや経歴、代表作などをご紹介しました。今なお輝き続ける肝付兼太さんの声。日本のアニメ界に残した功績は大きかったことでしょう。
サムネイル画像は下記より引用しました。
出典: https://encrypted-tbn0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcSb9SSqeFX0q979r2ARz2bAMFelIwn_6o8UTfRJCYe019cMdmtE