Gwmgdzmrhmpe81pbkfe0

芸能人

CATEGORY | 芸能人

中島らもは何回忌?誕生日はいつ?死因は?娘や妻がいる?天才の名言!

2018.04.02

中島らもさんは、亡くなってから何回忌を迎えるのでしょう。もう、13回忌を終えています。誕生日は4月3日です。もうすぐ66歳の誕生日を迎えようとしています。中島らもさんは、天才と呼ばれ、たくさんの名言をのこしています。死因や名言もあわせてみてみましょう。

  1. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】中島らもさんプロフィール
  2. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】中島らもさんの妻・美代子さん
  3. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】「らも」~中島らもとの三十五年~
  4. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】中島らもさんの「もうひとつの顔」
  5. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】中島らもさんの娘さなえさん
  6. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】「お変わり、もういっぱい!」
  7. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】中島らもさん死因
  8. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】中島らもさんエピソード
  9. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】中島らもさん名言集
  10. 【中島らもは何回忌?誕生日はいつ?】中島らもさんのご冥福をお祈りします
引用: http://www.mammo.tv/interview/016.jpg
中島らもさんは、1952年4月3日生まれの小説家・劇作家・随筆家・広告プランナー・放送作家などたくさんの肩書を持っています。最初は、「らもん」のペンネームで詩の投稿などをしていたが、1982年に「らも」に改名しました。劇団・笑殺軍団リリパットアーミーを主宰し、俳優としても活動しました。子供は、息子と娘の二人で、娘は作家の中島さなえさんです。
中島らもさんは、1970年に、神戸山手女子短期大学の学生・長谷部美代子さんと、三宮のジャズ喫茶「バンビ」で知り合います。1975年に結婚し、2LDKのアパートで新婚生活をスタートさせました。中島らもさんは、学生と主夫の兼業をしていたが、妻・美代子さんの妊娠で、1976年4月、印刷会社・株式会社大津屋に就職しました。
引用: https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/41c%2BUFWfUWL.jpg
「らも」~中島らもとの三十五年~の作者は、天才・鬼才・異才と言われた作家・中島らもさんの妻・美代子さんです。「中島らもとの三十五年」とあるように、学生結婚の時の仲がいい様子から、酔っ払って階段から転落してなくなるまでの中島らまさんと、妻・美代子さんの時間を綴っています。中島らもさんは、52歳にして他界しました妻・美代子さんがそんな中島らもさんとの時間を綴ったこの本は、妻・美代子さんの日記のような本です。中島らもさんのファンにはおすすめの一冊です。
内容はとても衝撃的なもので、妻・美代子さんが書いた、中島らもさんの「もうひとつの顔」に驚かされます。中島らもさんが、アルコール中毒や鬱病で苦しんでいたことも含めて、妻・美代子さんがみてきた中島らもさんの「影」は、壮絶なものでした。中島らもさんが、オシャレになり、他に女の人がいることに、妻・美代子さんは気づくが、中島らもさんの行動は止まらない。あるとき、妻・美代子さんに、来客とのセックスを強要することもあり、妻・美代子さんも応じたことなどが、赤裸々に綴ってあります。中島らもさんの生き方をしりたい人にはおすすめの本です。
引用: http://www.kansaiartbeat.com/kablog/entries.ja/wp-content/uploads/2014/07/p_2.jpg
息子や娘がいる家の中でスワッピングが行われていたこと、妻・美代子さんには、「中島らもさんと別れろ」という嫌がらせの電話が会ったことなども綴られています。やりたいことは、中島らもさんと結婚することだったという妻・美代子さんには、妻としての覚悟が伺えます。
引用: http://livedoor.blogimg.jp/sanaedon/imgs/2/8/28ff0607-s.jpg
中島さなえさんは、中島らもさんの娘さんとして、1978年6月13日に生まれます。2008年に、月刊『IN★POKET』に初連載の話を編集者さんからもらった時に、中島らもさんの娘として経験してきたエピソードを書くチャンスだと思い、タイトルを決めていた時に思い浮かんだのが、「お変わり、もういっぱい!」というタイトルだったということです。
引用: http://livedoor.blogimg.jp/sanaedon/imgs/8/4/84f20e2c-s.png
2012年に「お変わり、もういっぱい!」を本として発売することになりました。「お変わり、もういっぱい!」には、中島らもさんの娘として、幼少時代から今までに経験してきた「お変わりな物事や人たち」、気功で生徒を吹っ飛ばすフルートの先生・着道楽の祖母・ムーンライト横山という名の黒いうさぎ・校庭で危険な実験をする化学の女教師の話など、ちょっと変わったエピソードがたくさん詰めこまれています。ちょっとずつ読み勧めていくのがおすすめの本です。
2004年7月26日、中島らもさんが、午前8時16分に、神戸市内の病院でなくなりました。享年52歳でした。死因は、脳挫傷による外傷性脳内血腫でした。
引用: https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41c3ibX8RcL._AC_US200_.jpg
中島らもさんは、7月16日の早朝に階段から転落し頭など全身を強打、高度治療室に入院していました。中島らもさんの娘・さなえさんの夫・元木正実さんによると、らもさんは15日夜、神戸市内で知人のライブを見た後、神戸市内で酒を飲み、16日未明に酔って階段から転落し、頭部を強打しました。意識不明のまま、救急車で神戸市内の大学病院に搬送され、緊急手術を受けました。25日に、一時回復の兆しが見えたが、26日午前に、そのまま息を引き取りました。最後まで意識は戻らなかったということでした。死因は、階段から転落し、頭部を強打したことによる脳挫傷による外傷性脳内血腫です。
引用: https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51HDYXRVKQL.jpg
27日に近親者による密葬が営まれました。元木さんの話では、最近の中島らもさんは、バーボンが好きで毎日飲んでいたので「肝臓がかなり弱っていたようです」という話でした。1980年代から朝日新聞紙上で、奇問・珍問に、ユーモアで答える「明るい悩み相談室」をスタートしていました。心が軽くなりたい時におすすめの本です。アルコール性肝炎で入院した経験で書いた「今夜、すべてのバーで」では、1992年に吉川英治文学新人賞を受賞しています。1994年に「ガダラの豚」で日本推理作家協会賞を受賞したほか、直木賞にも2回ノミネートされています。どちらもおすすめの一冊です。
引用: https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51W8VKQRRSL.jpg
1994年くらいから、エッセーなどでうつ病・アルコール依存症・対人恐怖症に悩まされていることを告白しているので、死因を誤解している方もいるかもしれませんが、死因は、階段から転落した事故死です。2003年には、大麻取締法違反で懲役10月、執行猶予3年の判決を受けました。判決の後で「牢屋でやせるダイエット」を出版し、話題になりました。大麻で逮捕された利しているので、死因が大麻のように誤解している人もいるかもしれませんが、死因は事故死です。2004年7月7日には、大阪で作家・町田康さんを迎えてのライブを開いたばかりでした。事故の直前に、光文社から発刊予定の短編小説「DECOCHIN」を書き上げていて、これが遺稿となりました。
引用: http://entre-news.jp/wordpress/wp-content/uploads/2015/11/ae46b1f460ee46f789c27b264a6cb421.jpg
2017年7月5日放送のNHK総合「ごごナマ」で、松尾貴史さんが故・中島らもさんから教わった仕事論を明かしました。松尾貴史さんが、現在、俳優や折り紙作家など16以上の肩書きを持っているのも、故・中島らもさんがコピーライターや小説家・ミュージシャン・俳優などいくつもの肩書を持ち、マルチに活躍していた影響もあると語りました。
引用: https://d1fdy26u973qrp.cloudfront.net/projects/RAMONs_WORLD/ramo_5.JPG
この中で中島らもさんは、「友達だから、安く頼むよ」と言われることを嫌っていたといいます。中島らもさんは、松尾貴史さんに「友達やからこそ、ええ仕事の条件を持ってくるんちゃうか? そんなヤツは知り合いや。友達ではない」という話をしていました。公演が赤字になったときも、中島らもさんが貯金を切り崩していたということも話されていました。
引用: http://www.kobegakkou-blog.com/blog/images/guest/200008/large.jpg
松尾貴史さんは、中島らもさんから「考え方とか、物の判断の仕方とかをほとんど教えてもらった」と語りました。また、中島らもさんは、「その場にいる一番弱い人の味方を、証拠を残らないようにやってのける人」だとも話しました。
ツィッターには中島らもさんの数々の名言集がアップしてあります。天才・鬼才・異才と言われた中島らもさんの名言の一部をご紹介します。中島らもさんの名言を読むだけでも、なんだか力が湧いてくるような感じがします。ちょっと生きる勇気が欲しい人にはおすすめの名言ばかりです。
引用: https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/213S4QEQWAL.jpg
天才の名言①:恋とは一種の病気である。 それはとても苦しくてせつなくて… でも世界で一番美しい病だ:おすすめ本・恋は底力
引用: https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/61Q7G2AgLfL.jpg
天才の名言②:肝心なのは、想う相手をいつでも腕の中に抱きしめていることだ。ぴたりと寄りそって、完全に同じ瞬間を一緒に生きていくことだ。二本の腕はそのためにあるのであって、決して遠くからサヨナラの手をふるためにあるのではない。:おすすめ本・愛をひっかけるための釘(集英社文庫)
引用: https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/31J3K1S4NML.jpg
天才の名言③:人を信用するときは「だまされてもいいや」という気でやることにしている:おすすめ本・僕に踏まれた町と僕が踏まれた町
引用: https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/51QFG0AP2SL.jpg
天才の名言④:一生の中には必ず一度か二度「生きていてよかった」と思う瞬間があります。それは明日かもしれないし、三十年崎かもわかりません。だからとりあえず今日はご飯を食べて明日まで生きてみることが大事なのです。:おすすめ本・明るい悩み相談室3
引用: https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/219CXBF1TXL.jpg
天才の名言⑤:「教養」とはつまるところ「自分ひとりでも時間がつぶせる」ということだ。:おすすめ本・固いおとうふ
天才の名言⑥:自分がアクションを起こさねば 誰がやってくれるというのか。 何も起こりはしない。 世界は昨日のままだ。
引用: http://www.ne.jp/asahi/ramo/info/images/rouya_s13.jpg
天才の名言⑦:心の中にハンドルの遊びのような部分がないと「おもしろさ」に感応することはできない。
引用: https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-a0-c9/shinosakikazuto/folder/799860/00/25208400/img_0?1394286086
天才の名言⑧:ただこうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける
天才の名言⑨:だれでも夢がつかめる。 才能よりもむしろ 持続する能力があればの話だが。
引用: http://www.ne.jp/asahi/ramo/info/images/rouya_s06.jpg
天才の名言⑩:人間は、自分の行為に 何らかの意義がないと 根本的に耐えられないものなのだ。
引用: http://www.kobegakkou-blog.com/blog/images/entry/200008/03.jpg
中島らもさんの生き方は、すごいの一言につきるかもしれません。なくなって何年もたつのに、中島らもさんが残した名言はいきています。そして、多くの人を勇気づけています。生前、自分の中の光も影もすべてを表現しきった中島らもさんのご冥福をお祈りします。
サムネイル画像は下記より引用しました。
出典: http://memory-jp.com/pc_memory/pc_container/memory_2004/image_2004/26nakajima_1.jpg