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村上義弘(競輪)の家族は?嫁や子?引退した?獲得賞金はいくら?

競輪のスーパースター・村上義弘選手。奥さん(嫁)と子供さんという家族に支えられて優秀な成績を収めてきました。今回は、実力ある競輪の村上義弘選手の奥さん(嫁)はじめ家族の様子や獲得賞金、引退の噂などについてみていきましょう。

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘のプロフィール

【村上義弘(むらかみ よしひろ)】[競輪選手][日本競輪選手会京都支部所属][生年月日 1974年7月6日][出身地 京都市][身長 170㎝][体重 76kg][血液型 O型]

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘の師匠は?

花園高等学校在学中より、国体の自転車競技で優勝するなど華々しい活躍をしてきた村上義弘選手。高校3年生のときに先輩である山本真矢選手に紹介されて松本整選手と出会ったことから、バンク練習では必死に松本整選手についていったといいます。当時、村上義弘選手は松本整選手について「30代でこんなに強い選手がいるんだ」と驚いたといいます。
村上義弘選手は、競輪選手には珍しく師匠がいないようですが、こうして、競輪の先輩に出会い、支えられて成長してきたのでしょうね。
現在、村上義弘選手は、山口幸ニ選手を兄貴分と慕っていて、1つ年下の市田佳寿浩選手を「レースを通してわかり合ってきた特別な存在」と表現しています。

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘の戦績は?

日本競輪学校を卒業後、実力に期待されながらも怪我などもあって、なかなかS級上位で活躍できなかった村上義弘選手ですが、、2000年の豊橋競輪場での「ふるさとダービー豊橋」を制した頃より次第にその強さを増し、2002年7月28日の「寛仁親王牌決勝戦」では4着であったが「今までで一番嬉しいレース」と満足のいくものであり、8月に行われた「ふるさとダービー弥彦」ではGIIを制覇し、岸和田競輪場での全日本選抜競輪を優勝し、念願のGIタイトルを獲得しました。
また、2009年には地元近畿地区の岸和田で行われた日本選手権競輪で決勝進出を果たし年間獲得賞金上位となり、2010年は自身初のS級S班格付となりました。その後、2012年にはKEIRINグランプリ初優勝、2013年-2014年のダービーでは連覇、2016年の名古屋ダービーは3連覇、KEIRINグランプリは2度目の制覇を果たしています。

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘の家族は?

村上義弘選手の家族は、奥さんと3人の娘さんのようです。年齢と共に体重が増えやすくなったという村上義弘選手ですが、奥さんは、結婚当時から村上義弘選手の体調管理にもを気を遣ってくれて、体重が増えないように油っこいものは避けてくれたりなど、健康的なお料理をしてくれるといいます。
また、3人の娘さんともとても仲が良く、2016年のグランプリの前日も娘さんから手作りのお守りをもらったそうです。村上義弘選手の実力もさることながら、娘さんからのお守りのおかげもあり、グランプリ2016では優勝できたのかもしれませんね。

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘が競輪を目指したきっかけは?

3姉弟の真ん中で育った村上義弘選手ですが、競輪と出会ったのは、幼少のときであったようです。幼いときから父親に競輪場に連れていかれたことから競輪とは馴染みがあり、当時は、とくに先行選手の滝澤正光選手に憧れていたということです。
父親の影響で幼いときから競輪が身近だった村上義弘ですが、父親と母親が離婚したことから、村上義弘選手は、母子家庭で育つことになりました。そこで、自分が普通に就職してもお母さんとお姉さんを楽にさせたり、弟さんを進学させることは難しいと考えて、賞金を稼ぐために競輪選手を目指したといいます。家族思いのやさしい青年であったのですね。

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘の弟は?

村上義弘選手の弟さんは、同じ競輪選手の村上博幸選手です。村上博幸選手もまた、幼いころから父親の影響で競輪が身近にあったようで、花園高等学校在学中からインターハイや国民体育大会等で活躍していたようです。
その後、村上義弘選手の弟の村上博幸選手は、日本競輪学校に86期生として入学し、在校競走成績第10位で卒業されました。同期には井上昌己選手や、稲垣裕之選手がいるようですね。
また、村上博幸選手は、兄の村上義弘選手を競輪の師匠と崇めているようです。村上義弘選手と村上博幸選手は、昔は一緒に走ったりもしていたようですが、現在は、弟さんが窮屈になってしまうことに気遣ってわざわざ約束はせずに、偶然にロードで一緒になるくらいだそうです。

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘の獲得賞金は?

村上義弘選手は、2018年の獲得賞金ランキングで第3位を獲得していて、獲得賞金は7251万円と言われています。ちなみに弟の村上博幸選手は第6位で、5001万2600円のようです。兄弟ともに優秀な成績を収めていますね。また、昨年の村上義弘選手は、第14位であったため1年間でさらに成績が伸びたということになりますね。
さらに過去にさかのぼると、村上義弘選手の獲得賞金ランキングは、2016年には第1位を獲得し、2億2290万4000円、2015年には第8位で、6940万400円、2014年には第2位で1億823万9000円であったようです。長年、優秀な成績を収めている競輪選手ですね。

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘の魂の走りとは?

村上義弘選手の競走スタイルは魂の走りとも言われていて、デビュー当時から「先行マニア」の典型例といわれるくらい、時に無謀とも言える先行を繰り返してきたようです。そうしたことから実力をつけ、魂の走りといわれたようですね。
年々捲りを持つ自在選手へと変化した村上義弘選手ですが、現在では場合によっては若手相手にも勝敗を超えた果敢な先行を見せることがあり、走りそのものが「魂」といわれているようです。他にも、「近畿の総大将」という異名も浸透してきて、「近畿の総帥」とも呼ばれています。また、かつて行われた「KEIRINグランプリ04」では公募した際に「古都の風神」が選ばれました。

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘の励みはブログ

村上義弘選手は、SSブログのコメントを呼んでファンの方々から励まされているようです。とくな落車が続いた時にはSSブログにたくさんのコメントが寄せられたということで、「なんとかせな」と良い意味でのプレッシャーを自分にかけるようにしたようです。
SSブログのコメントは怪我をして寝てても、病気をして寝てても、ずっと頭の中を巡ってるという村上義弘選手は、そのコメントから今後の自分はどうしたらいいのかということを日々考えているそうです。
「頑張ろうって思ってレースしてる僕の姿を見てるファンの方が、そこに何か感じてくれれば嬉しい」と語る村上義弘選手。悪いときでも良いときでも、こうしてコメントに支えられてレースに臨んできたようですね。

【家族は嫁や子供?賞金は?弟の師匠?引退?ブログは?】魂の走り!競輪・村上義弘が引退?

村上義弘選手について、電撃引退か?という噂があったようです。競輪選手の第一線で活躍しているようですね。今後も村上義弘選手の活躍に注目ですね。