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トニー谷の晩年は?息子は?タモリ?歌詞・ギャグ・映画・性格も!

2018.06.12

「ざんす」など独特なしゃべりで絶大な人気を誇った芸人・トニー谷さんの晩年は?息子が誘拐された?タモリさんとの関係は?今回は戦後の人気芸人・トニー谷さんの晩年、息子誘拐事件の真相、タモリさんとの関係などについて調べてみました。

目次

  1. 【トニー谷の晩年とギャグ!息子・歌詞・映画・性格・タモリとの関係】トニー谷のプロフィール
  2. 【トニー谷の晩年とギャグ!息子・歌詞・映画・性格・タモリとの関係】壮絶な幼少期
  3. 【トニー谷の晩年とギャグ!息子・歌詞・映画・性格・タモリとの関係】息子誘拐事件
  4. 【トニー谷の晩年とギャグ!息子・歌詞・映画・性格・タモリとの関係】晩年
  5. 【トニー谷の晩年とギャグ!息子・歌詞・映画・性格・タモリとの関係】まとめ

【生年月日】1917年10月14日 【出身地】東京都 

【主な作品】軽演劇「モルガンお雪」

映画「プーさん」「家庭の事情 馬ッ鹿じゃなかろうかの巻」「坊ちゃん」「てなもんや三度笠」

楽曲「さいざんす・マンボ」「チャンバラ・マンボ」「あんたのお名前何ァんてェの」

トニー谷さんの家庭事情はとても複雑だったそうです。実の父親は谷さん生まれる前に死亡し、伯父が戸籍上の父親となったそうです。電気器具商だった父に虐待をされて育つなど暗い幼少期を過ごしています。

小学生のころから成績優秀でしたが、家業を優先するべきという父の命令で中学を中退し、電気学校に通わされました。1934年に実の母親が病死しため、実の父も母も失ってしまいます。その後、伯父が再婚すると、虐待がさらにひどくなったそうです。

虐待がひどくなったため谷さんは家をでで、1935年に日本橋小舟町の薬やに就職しました。1938年に召集令状が出たため入隊し、1940年に除隊し第一ホテル東京に就職し、演芸会のしんこうやくをつとめて人気となります。そして、1942年に妻と結婚しますが、1か月後に再び出征しています。妻は東京大空襲で行方不明となっています。

トニー谷さんは1949年に芸人デビューし、「さいざんす」「家庭の事情」「おこんばんは」などのギャグや独特の喋りで人気となりました。芸人になってからは過去のすべてを封印し、有名になったのちにかつての友人に声をかけらてても「人違いでしょう」と答えたそうです。また、継父が自宅に訪ねてきた際も冷然と拒絶したそうです。

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